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人間にとって必要とされるものは
多様性を受け入れる柔軟な脳力とバランス感覚ではないかと 最近、特に強く思うようになりました。 自分と違う考え方や自分と違う生理をどこまで許容できるか、という能力です。 現在まで生き延びている生物のほとんどが多様性という能力によって それぞれの種を維持してきたのではないかと考えています。 人間も含め、地球上の生物にとっては、今が最大の危機なのかも知れません。 それは、恐竜を絶滅に追いやったと言われる、巨大隕石との衝突に匹敵する 人間というとんでもない生命体の、発展という名の暴走による危機。 地球上においては、反自然といえる暴挙。 確かに巨大隕石との衝突は地球上では超自然現象といえるものだったのでしょうが、 宇宙規模で考えると、一つの些細な自然現象といえるでしょう。 衝突以降も多彩な生物が地球上に生息している以上、 (また恐竜でさえ鳥類となって生き延びてきたという説もあります) 幸運にも地球上の生物にとっては致命的な現象とはならなかのです。 しかし、現在進行している人間の暴挙の行き着く先に 幸運の女神が微笑んでくれている保証はありません。 多様性を受け入れる柔軟な脳力とバランス感覚を欠いた“力の存在”により、 一つの宗教、一つの経済、一つの社会、一つの文化という傾向に走りつつあることが、 発展という名の人間の暴挙と同根であるなら、 人間にとってはもちろん、地球上の生物にとっても未来は無いといえるでしょう。 唐突ですが、 銀杏(イチョウ)は地球環境の激変で、イチョウ属のほとんどが滅亡して、 現在1種だけが生き残っています。 銀杏は1科1属1種なのです。 添付画像を見て下さい。 銀杏の葉ですが、まるで種類の違うものの葉っぱのように多彩ではありませんか。 1科1属1種の植物の葉とは思えません。 この形態の違いに何の意味があるのかはわかりませんが、 キーワードとして生命のもつ“多様性化”のDNAを感じずにはいられません。
by z20070715
| 2007-09-11 05:09
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